ヤッピーはすっかり萎縮し、私とバジルの間で硬直してしまうようになった。
私は、甘く見ていた。
「バジルだって最初は全然手に乗ってくれなかったけど、すぐになついて可愛い甘えっ子になってくれたもの、この子だってそのうち馴れてくれるわ」とタカをくくっていた。
しかし、臆病者のヤッピーは、いつまでたってもなつかなかった。
そして、思い出した。小鳥屋さんで血相を変えて逃げ惑っていた、あの光景を・・・。
この子は初めからこういう子だったのだ・・・何であのとき気付かなかったのだろうと後悔した。
「ハズレを引いちゃった」
と真面目に思った。
「何かトラウマでもあるのかしら?」
とも思ったが、この先もずっとこのままかと思うとため息が出た。先代の白文鳥とのあまりの落差に、落胆は否めない。
ヤッピーは姿の美しい文鳥だった。“無理に手乗りになってくれなくても、まあ、いいか”と思うことにした。
「ヤッピーちゃん、いいんだよ、無理しなくても。ヤッピーちゃんは、そのままでも十分カワイイよ。ヤッピーちゃんの大きなおめめ、ステキだね。」
いつも、おどおどしているヤッピーをひたすら、ほめ続けた。大抵の子は「カワイイねー、お利口だねー」と口癖のように言い続けていると、あら不思議、本当にお利口な可愛い子になっていくものだが、ヤッピーにこの手は通じなかった。
どんなに誉めそやされても、ヤッピーは無表情で、じっと固まっていた。
いつも、置物のようであった。声をかけても、反応がない。
「ひょっとして、この子、頭が足りないんじゃ・・・」と思った。
「“バカな子ほど可愛い”って言うじゃない」 こちらもだんだん開き直ってくる。
「ヤッピーちゃんは、インテリアだねー」
そう、声をかけると、まわりに飾ってあるフィギュアにいよいよ同化して、すました顔をしている。
先代の白文鳥を知る人たちは、ヤッピーを見て一様に言った。
「ヤッピーちゃん、かわいくない」
私の母親にいたっては、本人(鳥)に面と向かって「ダメ文鳥!」と罵倒した。
「いくらバカだからって、何言われてるかくらいは分かるんだからさぁ・・・」
フォローになってない。
ヤッピーのへなちょこぶりは見事だった。彼はレシートの類を集めるのが好きだったが、それを目的地まで運びとおせたことは一度もなかった。いつも、目的地直前で落としてしまう。「詰めの甘い男」、「根性なし」などと呼ばれるようになった。
相変わらず、バジルの後をくっついて歩いては、どやされる。その繰り返しであった。
そんなヤッピーも、いつしか食事のときだけやって来て、肩にとまり、へっぴり腰でおねだりをするようになった。人間は怖いけれど、お相伴に与るのが何よりの楽しみといった風情であった。
ヤッピーは誰にも教わらないのに、見事なさえずりをマスターした。
「誰にでもとりえはあるもんだね」
と心無い飼い主はうそぶいたものだ。
歌って踊れる文鳥、ヤッピーは遠慮がちにバジルにモーションをかけるようになった。
初めは完全無視を貫いていたバジルだったが、ヤッピーのさえずりにやがて心が動いたようだった。
バジルはヤッピーのさえずりに耳を傾けるようになり、さらにはヤッピーのダンスに合わせて一緒にぴょんこぴょんこ飛び跳ねるまでになった。
「やったね、ヤッピー、もう少しじゃん」
と大いに期待したのだが・・・そこまでだった。ヤッピーはおずおずと、バジルの背に乗ろうとするのだが、あまりのトロさにバジルが切れてしまう。
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